おはようございます。
む〜です。
昨日からたまさく退団公演「桜嵐記」が始まりましたね。
初日から評判上々で今から観劇が楽しみです。
実はちょうど、、本当にちょうど今日は珠城さんにいて書こうと思っていたんです。
まだ初日を見ていないので、桜嵐記の感想は書けませんが、
今日はこれまで珠城りょうが背負ってきたもの。
私たちには、想像もつかないような責任を背負って戦ってきた、1人のタカラジェンヌの人生について語ろうと思います。
珠城りょうが辿った数奇な宝塚人生
去年、珠城りょうさんの退団発表を受けて真っ先に思い浮かんだ言葉が
「なんて大変な宝塚人生だったんだろう」
でした。
たまきちの宝塚人生は決して平坦な道ではありませんでした。
メディアではよく「天海祐希に次ぐスピード出世!」と称されていますが、その影で彼女がどれだけ苦労してきたか。
私たちは目の当たりにしてきました。
龍真咲さん退団前に急ピッチで2番手まで仕立て上げられて、自分よりもトップに近かった上級生さんたちを押し除ける形でトップになってしまった彼女。
その後、上級生の相次ぐ退団などもあり、色々と捻れてしまってファンも不安定な気持ちを抱えたまま月組を見守ることしかできなくて、私の中では今でも「あの時の人事は今世紀のワースト3」に入ると記憶しています。
”不遇”な宝塚人生を”数奇”と私が言えるようになるまで、彼女はどれだけの涙と努力を必要とされてきたのだろうか。
考えるだけ心が潰れそうです。
研9で背負った重すぎる責任
望んでか望まずがこんな数奇なタカラジェンヌ人生を歩むことになった彼女は、その運命の理不尽さに負けず本当によく頑張っていたと思う。
これは、彼女の舞台技術がどうこう。ということではない。
月組のカオスな人事の負の遺産をあの細い体で一身に背負い、いつも笑顔で舞台に立っていた。
たった研9で組一つを背負って、祝福ムード一色ではない舞台で毎日公演し続けた。
”凄い”と思うと同時に、同時は
”可哀想”だとも思いました。
トップさんに対して可哀想なんて思っちゃいけない、まずは祝福してあげないといけない。
そう思いながらも彼女の置かれた状況を考えるとどうしても心から祝福できずにいました。
ずっと思ってたけど言えなかったこと
今だからもう一度言わせて欲しいことがある。
というか今だからこそ劇団に聞きたいことがある。
なぜあの時、研9の珠城りょうくんをトップにする必要があったのか?
美弥ちゃんや他の上級生がトップを務めてからでも遅くはなかったのではないか?
劇団の人事さえうまくやっていればもっと彼女の能力を伸ばせたかもしれない。
何度もそう思いました。
だっては彼女をみていると時々辛くなる時があった。
まるで開花しきれていない花がどうにかこうにかして一気に満開の花を見せようと必死にもがいているように見えて、、、それが辛かった。
みんなが『綺麗に咲くまで待ってあげて!』といっているのに
『時間がないんだ!』と酷く焦りながら自分で自分の花弁の美しさを見失っているに見えていたんです。
彼女には時間が必要だった。
ここ一年の彼女のトップスターとしての才能の開花ぶりには本当に驚かされるばかりです。
やっと開花してきたと思ったら退団・・。
とても残念です。
最後まで「珠城りょう」らしく進んで欲しい
彼女の宝塚人生を語る時、私はどうしても愚痴っぽくなってしまう。
「あの時こうなっていれば」
「あの時こうしていれば」
誰からも頼まれていないのに、私はいつも彼女の「IF」の世界を考えてしまうのです。
でもきっとそんなことは珠城りょうは望んでいない。
どんな未来にも、どんな運命にも、
全力で誠実に向き合って置かれた場所で咲く努力をする。
それが珠城りょうのトップスターとしての真髄だと私は思います。
まだまだ卒業の日までは長い道のりですが、どうか体調を崩さないように。
最後まで貴方を慕う人々と愛に溢れた宝塚人生を過ごせますように。
私はできれば一度は、赤い席に座ってその姿を静かに見守りたいです。
ではでは、
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