日々の戯言

月1宝塚がわたしを救う〜育児と宝塚〜



おはようございます。
大掃除がまだ終わらないむ〜です。

明日で2020年が終わるのに、どこか他人事のような・・(遠い目)

そんな気持ちで年の瀬を過ごしています。

 

さて今日はいつもとは違ったテイストの記事を投稿したいと思います。

 

いつもは日々の育児のことなど書かないできたのですが、今日は育児と宝塚(趣味)の両立について書きます。

 

 

趣味命だったわたしがはや約1年半、育児をしながらここまで生きてこれたのは、(ほぼ)月1の宝塚のおかげだったと思います。

 

趣味命だった自分が毎日育児というのは辛い

ぶっちゃけた話、「育児楽しい?」って聞かれたら私はこう答えてしまう。

 

「楽しくはない。使命感でやってる。」って。

 

私の周りの人は結構「育児が楽しくてしょうがない!」という友人が多いからなかなか声を大にして言いにくいけれど、やっぱり育児は大変だし疲れるし元来子供好きではない私からしたら育児はどう頑張っても楽しい!とは思えない涙

 

どこか使命感というか、義務感のようなものを日々燃やして息子と向き合っているのかもなって最近ふと思いました。

 

我が子なので息子のことは勿論可愛いけれど、時々「自分一人の時間がもっと欲しい」とか「妊娠前の自由な生活に戻りたい」なんて時々思ってしまうこともあります。

 

毎日が必死すぎて子供が寝付いた頃にようやく「あ、もう夜か(晩ご飯の支度・・)」って気付くような日々を送っているので、当然のことながら毎日やっていたヨガもジム通いも宝塚のDVD鑑賞もできなくなってどんどん趣味命だった自分が消えていく感覚に怯えていました。

 

自分を犠牲にしてでも優しくて元気なお母さんでいなきゃ!と思う反面、

 

自由に仕事して稼いで趣味や美容に全力投球したい自分が消えていくことを全力で阻止したい自分もいて。

 

そんな矛盾を抱えながら生きている私にとって月1宝塚は本当に・・文字では表せないほどありがたい存在なんですよね。

 

月1宝塚によって呼び戻される”母以外の自分”

家にいると周りからはどうしても”母”としての自分を求められがち

子供がいるというだけで、周りの人たちも私という個体よりも”母としての役割を果たしている私”に接してくれることが多いんですよね。

 

でも、月1宝塚(最近は2ヶ月に一回とかだけど)やってると母ではなく、自分自身を月1で取り戻せるのがすごく嬉しい。

 

  • 宝塚歌劇の夢のような世界にときめく自分だけの時間。
  • 歩いているだけで少し背筋が伸びるような銀座・日比谷の素敵な街並み。
  • ご贔屓様のためだけにお手紙を書き、ご贔屓様だけのために入出待ちする。

 

子供ができる前は当たり前だった趣味の時間に私は救われているんだな〜と宝塚を見てしみじみ感じます。

 

宝塚って現実を忘れさせてくれる存在だってよく言われますけど、本当にその通りで。

 

現実を忘れさせて、少女のような純度100%の「好き」という気持ちを呼び戻してくれる。

 

人事とかで色々モやることはあるけれど、それ以上に素敵なものが宝塚にはある!と今更気づいた私です。

 

出産してもヅカヲタ続ければ長寿になれそう笑

育児していると思い通り行かなくててイライラすることが多い笑

 

苦労して口に入れたご飯をくしゃみで飛ばされるわ、オムツかじられてダメになるわ、自ら死に行こうとする(動いている車を追いかける)し、、

 

もう一日に何度も「やめてー!」って叫んでるし、イライラもしてる。

 

こんなにイライラしたらはげ散らかって早死にするんじゃないか?って時々おもうけれど、宝塚見ていると自然とそのイライラは清らかな気持ちに変わる笑

 

出産したら宝塚見にいけないって思ってるお母さまも多いかもしれないけど、どうしても宝塚観たいならちょっと無理してでも観劇した方がいいと思う

 

束の間だけどイライラから開放されて長生きできるよ←

 

ということで。

今日は(今日も?)自分語りになっちゃった。

 

さてさて、、台所の換気扇をきれいにする時間が来たようだ・・!

解散っ!

↓励みになりますので、ポチッとお願いします↓

にほんブログ村 演劇・ダンスブログ 宝塚歌劇団へ
にほんブログ村

関連記事

スポンサーリンク

-日々の戯言